青年海外協力隊が4ヶ月で強制終了、将来何したいんだっけと路頭に迷った私がアフリカ布ブランドでインターンをする話。

青年海外協力隊が4ヶ月で強制終了、将来何したいんだっけと路頭に迷った私がアフリカ布ブランドでインターンをする話。

初めまして、RAHA KENYAファンの皆様!

9月からインターンとしてジョインしました、岡本美穂です。

リエさんに「ブログ書いて欲しい!!」と言われて1週間、

「大きなパッションもなく流されるようにインターンを始めた私が皆さんみたいに熱い文章かけるんかしら…。」と悩んでいたのですが、

「こんな始まり方もあるのか」「こんな思いで働いているのね!」と知っていただけたらと思います!

 

名前:岡本美穂

年齢:24歳

出身:愛媛県(蛇口からみかんジュース出ます、ハイ。)

好きなもの:安室奈美恵。明日は安室ちゃんの日ですねぇ。

苦手なもの:みかんパン(給食に出てきます。愛媛みかん推しすぎや…。)

「国際協力」との出会い

実は私、アパレルなんて全く考えもしなかった、

ただひたすら、現実的に「将来の夢なんだろう」と考え始めた中学・高校時代から「国際協力で働く」を追いかけてきました。

潜在意識としては不平等な世界に違和感はずっとあったのですが、

きっかけは緊急食糧支援を行う国連WFPの元アジア事務局長、忍足健朗さんのプロフェッショナル。

その人格や働き方はもちろん、「食糧支援とは“未来”を届けること」という考え方に惹かれ、国連で働くことを目指します。

 

夢に一直線だった大学時代

そして大学1回生、「国連に入るんだ!」と妄信し、ボランティアで訪れたカンボジア。

日本のNPOの支援で建設された小学校の生徒たち。どこの国の子どもも可愛いもんですね。

いろんな出会いがあり、国際協力にもいろんな分野があって、貧困にも紛争、食糧難、経済的な貧困、当たり前にいろんな要因があることに気づきます。

あれ、国連どころじゃないぞ、と(笑)

その年の暮れに、大好きな石原さとみさんが出ていた番組で国際NGOテラ・ルネッサンスと出会い、インターンとして「国際協力で働く」を追うスタートを切ります。

そして19歳、テラ・ルネッサンスを通して訪れた初めてのアフリカ・ウガンダ共和国。

そこで出会った「元子ども兵」と呼ばれる方々。

 

ウガンダ・グルの訓練所。洋裁のクラス。この後独立して自分の洋裁店を開きます。

そして、熱く語ってくれた夢。

壮絶な過去がありながらも、仲間と乗り越え、その根本的な原因を冷静に理解し、新しい未来を築こうと胸を張って生き生きと話す姿。

そこに私は、立ち上がるきっかけを作る「支援」の大きな力を感じ、

「一人ひとりに未来を作る力がある」というその団体の活動理念が現れていると感じました。

一方、大学ではカンボジア学校建設プロジェクトPumpit3rdに入ります。

一校建設して解散し、新メンバーで再始動するちょっと変わった団体で、当時3代目。

街頭募金とか、自分たちが楽しくないと思うことはしない、面白いことで仲間を募って、それがお金になって。楽しいからやってる、気づいたら人助けになってた、それってめっちゃ最高やない?という考え方で31人が活動していて、こんな面白い団体があるなんて、京大入って良かった…、と改めて思いました。

汚れた手を洗ってくれるマイハニー
建設中も、生徒を巻き込みます

350万が集まりカンボジアに行くことになるのですが、暮らす中で私が感じたのが「もっとその土地に入り込んで、自分ができること、人々が必要としていることを知りたい」ということ。

青年海外協力隊は、その一番の道でした。

第一目標だった青年海外協力隊と、突然の終わり

2019年3月に大学を卒業し、ボツワナ共和国でのコミュニティ開発の活動が12月から始まりました。

待ちに待った2年間!

ボツワナのおばちゃんず。ダンスと歌を教えようとするもセンスがなく散々笑った挙句断念。

要請は商品開発とマーケティングによる販路拡大を通した女性グループの収入向上。

しかし、実際グループを訪れた時はグループが崩壊、設立時のモチベーションは低下し、せっかく提供された高額な機械も使われていないし、商品なんて1つも作っていない…というなんとも典型的な状況。

そこで私は「自分が任期を終えた後も持続するビジネスモデルの基盤を整える」ことを目標にモチベーションアップから取り組み始めました。

他にもマーケットで養蜂をしているお姉さんに出会い、訪問のアポをとったり、オーガニック家庭菜園の普及に力を注いでいるおじさんの活動を視察しに行ったり、コラボできそうなアイディアや新しいサポートに繋がりそうなことにひたすら飛びついてやっていました。

 

野菜おじさん。営業トーク中にパシャリ
第3の都市モレポロレは、夜も明るい!

街を歩くとどこからともなく「カラレ~ロ~(私のボツワナネームです)!」と声がかかり、街の人々とも同僚との関係性も作られて、グループからは「石鹸作ろう!」と前のめりで「よし頑張るかー!これからだね!!」となっていた3月半ば、

「協力隊もコロナの影響で全世界から退避することになりました」と魔の電話がかかるわけです。

見えない未来とRAHA KENYAとの出会い

帰国後、再び再派遣のめどは一向に立たず。

このままいたずらに時間が経つのを待つのはもったいない!と思い、結局私は協力隊の契約を継続せず、辞退を選びました。

ウガンダのどこまでも続く一本道。

は、いいものの、やりたいことがわからない!

もちろん派遣前に色々考えてはいました。だけど、全て2年間の経験と成果をあげること前提。

無理やり理由づけて会社を受けるも、付け焼き刃な志望理由は通用しません。

どうしようどうしよう、何がしたいんだろう、何ができるんだろう

そんなときに紹介されたのがRAHA KENYAのインターンでした。

RAHA KENYAのこと、リエさんのことは多分2年前から知っていました。2018年の夏にアフリカ一人旅をしたときに、面白そうな人がいる!と。

でも、その程度で…、特段ブランドへの愛が強かったわけでもない。

正直一人でぐるぐる悩んでいる状況から脱したかった、という理由が大きかったし、少しでも何かを始めたかった

面接を受けたら評価してもらえて、受け入れてもらえた。

だから始めた。

今思えば紹介され、流されるままに始まったインターンでした。

今、感じること、そしてこれから

現在はケニアのリモート製作を担当させていただいています。

まだ始まったばかりで、なみほさんやアキさんのお力を借りてヒーヒーやってます(笑)

1つだけ、強く感じることは、「ああ、このブランド、もっとおっきくなっていくんだろうな」ということ。

ファンの皆さんがブランドを本当に愛してくれていて、

働いている方々がブランドとその先にいる人々のことをまっすぐ見つめていて、想っていて。

やりたいこと、届けたいもの、支えたい人、描きたい未来がたくさんあって、

その実現に追いつこうと日々必死で、でも楽しく、ワクワクしながら働いている皆さんを見ていると(厳密にはリモートなので見てはいないのですが!笑)、

私ももっと時間をとってRAHA KENYAを取り巻く人々のことを知りたいし、広い視野で物事を見てみたいな、と感じています。

とはいえ絶賛就活中、迷いの森ど真ん中状態なので(笑)、RAHA KENYAのパッションと勢いの力を借りながら、焦らず腐らず、自分がワクワクできる未来を描いていこうと思います!

ボツワナの近所の子どもたち