29歳で会社員を辞め、アフリカ布ブランドでインターンをはじめる話。

29歳で会社員を辞め、アフリカ布ブランドでインターンをはじめる話。

こんにちは!RAHA KENYAインターン生の水野綾乃です。

2020年2月に会社員を辞め、つい先日6月末よりWEBマーケティング担当としてお手伝いをすることになりました。

このブログでは

✔︎私が29歳で会社員を辞めるまで

✔︎なぜRAHA KENYAでインターンをするのか

✔︎これからの目標

についてお話ししたいと思います。

 

上手にまとめることは諦めました!

はじめてこんな赤裸々に書くので、「すぐにやりたいことみつからなくてもいいんだ」とか、「こんなに迷いまくっている30歳もいるんだな」とか「おいおい、もっとしっかりしろよ」とか思いながら読んでいただけたら幸いです。

 

自己紹介

1990年生まれの愛知県出身です。

趣味は歌うこと(歌が流れていると歌ってしまう)、気になった本を買いあさって積ん読、あとはラグビー観戦。

小学生の頃の夢が「ムツゴロウさんか獣医」だったくらい動物も大好きです。

突然のアメリカ高校生活

「来年からアメリカ行くから」

中学3年の夏、父の仕事の都合でアメリカに住むことが決まりました。

「え?もしかして受験しなくていい??ラッキー!!」

小学2年生の時から英会話に通っていたこともあってか、不安は一切なくワクワクしかなかったことを覚えています。

アメリカ人の先生が英語のクラスにいるだけで珍しさ満点の絶妙な田舎で育った私にとって、アメリカの現地校生活は初めて見るものの連続でした。

「ロシア人の先生」「メキシカンとアフリカンの友達」「スペイン語」「全身タトゥーだらけの女の子」「僕ゲイだよ♪っていう男の子」…

今ではネットを見れば当たり前に知れるようなことも、まだガラケーしかなかったこの時代には全てが新鮮でした。

でも、ただ両親についていっただけだった私は、英語で勉強はしつつも学校と家を往復して、たまに友達と遊んでなんとなく毎日を過ごしました。英語も得意ではなかったのでアメリカの大学に行くなんて考えは選択肢にも入らず、高校卒業後にはさくっと帰国。(今思うとすごくもったいない…)

でもこの頃から、世界って広いんだなーと知り「新しいものを見ること・知らないものに触れること」が大好きになりました。

やりたいことが見つからない大学時代

高校では動物の世話目的でホースパークのお手伝いにいき、障害者のホースセラピーボランティアに参加したことがきっかけで上智大学の社会福祉学科に進学。

しかし勉強は全くおもしろく感じられず、最低限の学科の授業と興味のある授業だけをつまみ食いするように受け、学園祭実行委員会のサークル活動で土日も忙しくしたり、いろいろなアルバイトをかけもちして日々を充実させて過ごしました。

大学2年の冬には地球一周のピースボートに参加し、大学3年の冬には珍しい腫瘍が膵臓に見つかり、8時間に及ぶ手術も受けました。

何かしら将来やりたいことに繋がりそうなコンテンツは盛り沢山だったのに大学の間にやりたいことは見つからず、みんなで髪の毛を真っ黒に染めてスーツで身を固めている、あの就活の雰囲気がどうしても苦手でした。

早々に就活が嫌になり、なんとなく「化粧品面白いかも」「営業やってみたいかも」と思って受けた会社に採用され就職することに。

なんとなくアメリカで過ごし、なんとなく選んだ日本の大学に入り、なんとなくサークル活動をして、なんとなく就職。(サークルは実際はめちゃ楽しんだけど。)

自分の中ではいろいろ考えて選択してきたつもりでしたが、振り返ると、受験や進路など様々な選択の時々に「もっとやりたいこと」や「もっと興味のあること」があったはずでした。

サークルでも誰かの右腕、相談に乗る側で、冷静沈着しっかりキャラでやっていたので← いつもしっかりしていないとと思い、一生懸命になることや失敗すること恥ずかしいことだと思っていたんでしょうね。

何かと理由をつけて、一番興味あることに挑戦をしてこない人生でした。

29歳で会社員を辞めるまで

入社当時25歳。化粧品に興味があって入ったはずの会社では、部署にキャラが合いそうという理由で食品の担当に。営業として成績は残しますが、興味の持てないものを営業することや長時間の労働が続き、1年半後、気付いたら電車で涙を流しながら帰る日々を送っていました。

「さすがにこれはやばいんじゃない??何がしたいかはわからないけれど、一旦ゆっくり時間をつくろう」と思い退職を申し出ましたが、タイミングよく(?)内勤事務のポジションに空きができ事務として引き続き働くことに。

事務作業は得意だったので、EXCELの資格を取ったり作業自動化のマクロを独学で勉強して勝手に部署の業務効率化をはかったり、新規事業企画を手伝ったりといろいろやりました。

興味のある新しいことはどんどんやれちゃうんですよね。不思議。

でもやっぱり1年をすぎた頃にはもう目新しさはなくなって、このまま会社のためだけに仕事をして一生を終えるのはいやだなと思うようになりました。

この頃から「自由に生きる方法」「会社に縛られない方法」などを探しまくり、web制作に出会い、時々飽きながらも少しずつ勉強しました。

「web系の仕事したくて勉強してます」と社長と話をしていたところ、子会社のECディレクターのポジションを紹介してくれてそちらにいくことに。

ほぼ独学でしたが、新しいことの連続で楽しい学びの毎日。

改めて、知識をアップデートしていくことの楽しさ、新しいことができるようになる喜び、そのスキルで誰かに喜んでもらうことの嬉しさを感じました。

webに関わり始めて4ヶ月、2020年1月にweb制作のフリーランス養成講座の参加募集があり「ここで変わるしかないっしょ!!」と勢いで応募。2月に29歳で退職し、タイで講座を受けてきました。ここもワクワクしかなかったです。

会社を辞めてからはかなり吹っ切れ、やりたいと思うことをすぐにやれるようになりました。超絶フッ軽でした。おうちの中で。

RAHA KENYAとの出会い

RAHA KENYAに出会ったのは、実はブランドが立ち上がる前。

立ち上げ当初から、「パスポートケースかわいいな〜」「ものづくり楽しそうだな〜」と思っていたのを覚えています。

そして、だんだんと仲間も増え、大変そうな、でもすごく楽しそうでキラキラしているRAHA KENYAのみなさんを見て「こんな人たちと関わってみたいな」と思うようになっていました。

「自分の今と未来は周りの5人の人の平均である」という言葉のように、みなさんと一緒にはたらいていたら、もう少し真っ直ぐ素直になれるかな、とも思いました。

タイから帰国しおうち期間を経て「よっしゃ、webマーケティングの勉強をもっとするぞ」と思っていたところに、ちょうどwebマーケティング担当のインターン募集投稿を見つけ、「これは応募するしかないのでは?」と応募した結果、今に至ります。

これからの目標

インターンは9月末までの3ヶ月間。

まだ入ったばかりではありますが、RAHA KENYAをみなさんにもっと知ってもらうにはどんなことができるのか、毎日調べながら頭を働かせて精一杯考えています。

今の目標は、フリーランスとして安定してお仕事をしていけるようになるということ。この3ヶ月はwebマーケティングの実践経験を積みつつ、他のお仕事もこなしながら修行する予定です。

でも、好奇心旺盛に育ったおかげで「死ぬまでにやりたいことリスト」が200以上あります。

もちろん一つのことを極めることも、一つの夢をかなえることも素敵だし、できることならその方がかっこいいとも思います。

でも、きっと私には、好きなことを好きな時にやる方が向いている。きっとこれからもやりたいことはどんどん変わるだろうけれど、昔とは違って「一番やりたいこと」を避けることはせず、やりたいと思ったことをまっすぐやっていきたいなと思います。

また次に書くときにはRAHA KENYAの素敵なところ、もっとお伝えできますように!!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。