ストリートチルドレンを救おうとして重症病棟で働いていた私が、アフリカ布ブランドの社員になった理由。

ストリートチルドレンを救おうとして重症病棟で働いていた私が、アフリカ布ブランドの社員になった理由。

アフリカ布ブランドRAHA KENYAの社員の佐藤南帆(なみほ)です!

人生で初めて、自分のことを、赤裸々にブログに書きます。だいぶ緊張します。

昨年までは、東京の病院で重症病棟の看護師として働いていました。現在は、RAHA KENYAの社員として働いています。

✔︎アパレル経験なく、モノクロの服ばかり着ていた

✔︎重症病棟の看護師だった

✔︎発展途上国のNGOの現地スタッフとして働くのが夢だった

そんな私が、なぜ、今アパレルブランドで働くことになったのかをお話ししたいと思います。自分の言葉で、ちゃんと伝えられるように頑張ります!

1993年生まれの千葉県出身です。

RAHA KENYAメンバーからは『なみねぇ』と呼ばれています。全然アネゴキャラじゃないので、しっくりきてないです。でもあだ名で呼ばれるのは嬉しい。←

飽きっぽくて、趣味は特にありません、強いて言えば、『競艇』と『シーシャ』が好きです。

普通に義務教育を受けて、看護大学に行って、看護師になって、、、どこにでもいる普通の女子です。

水泳に打ち込んだ学生時代

小学生の頃から、スイミングスクールに入っていました。

飽き性な私ですが、水泳だけにはのめり込みました。中学から、水泳部が強い中高一貫の学校に入学させてもらいました。

関東大会を目指して、毎日誰よりも練習していたと思います。

結局、関東大会には出場できなかった(補欠として会場に行っただけという屈辱を味わった)のですが、あの頃は今までの人生で一番自分にストイックでした。

生きることについて考えた東日本大震災

高校2年生の3月。自分の考え方を大きく変えるきっかけになったことが起きます。

『東日本大震災』です。

部活の練習中に地震が来て、水着のまま校庭に避難。その日は電車も全部止まっていて、学校に泊まりました。次の日、家に帰って新聞を見てみたら、震災の大きさに恐れ慄きました。

新聞には「亡くなった方々の名前」が一面に羅列されていました。その中には、0歳、3歳、5歳と私よりも全然若い子供もたくさん載っていて。

この方々は、地震が起きていなければ、まだまだ未来があったはず。今まで、明日が来ることなんて当たり前でだったんだろうなと、ただただ、やるせなかったです。

「なんで私は生きていられるんだろう」「明日があることを当たり前に思ってはいけない」「1日1日大切に生きよう」と思うようになりました。

カンボジアで国際協力に興味を持つありきたりな大学生

水泳ざんまいだった高校を卒業して、大学生になり、水泳とは離れた生活を送るようになりました。

大学生になった初めての夏休み。ずっと行ってみたかった場所に。

「東日本大震災」の被災地である宮城県です。夏休みの1ヶ月間、泊まり込みでボランティアをさせてもらいました。ボランティアの途中で、全国から集まる様々な人との出会いがありました。今まで、学校・部活・家族のコミュニティで生きていた私にとって、『世界にはいろんな人がいるんだな』と、私にとっては大きい発見でした。

被災地で出会った人の一人に、バックパッカーで世界各国を回った経験のあるお姉さんがいました。その人に出会うまでは「日本に住んでいるんだから英語なんかいらないっしょ」って思っていました。

「カンボジアっていう国があってね、そこにいったら人生違って見えてくるよ!」と語るお姉さんのキラキラした目が印象的で、「特に目標ややりたいこともないし、行ってみるか」と気付いたらカンボジア行きの飛行機に乗っていました。

カンボジアに行って、シンプルに衝撃を受けました。(←語彙力)

初めて、「物乞い」の子どもや赤子を抱いた女性達をみました。そして、「レンタルチャイルドビシネス」というビジネスがあることを知ったんです。

世界には、「レンタルチャイルド」と呼ばれる物乞いするために貸し借りされる子ども達がいます。貧困下で生活する女性は、一人よりも幼い赤子を抱えながら物乞いする方がより多くのお金を得られる。だから、赤子をマフィアからレンタルし、物乞いをするんです。中には、通行人に同情を得るためにわざと手足を切断したり、目を潰したりして、障害者に仕立て上げることも。

その話を聞いて、

「生まれた環境が違うだけで、なんでこんなにも未来が閉ざされる子供がいるんだろう」

という疑問と、もどかしさと、無力感でどうしようもなかったです。

何かしたい、でも方法がわからない。

そんな思いを抱き、日本に帰ってました。

それから、日本で途上国の貧困問題に関する本を読み漁ったり、色々なNGOやNPO団体の講演会にいくなどして情報収集をしました。長期休みになれば、ミャンマーやネパールにある孤児院を訪れ、実際の現場を見てきました。

将来は、『現地のNGOやNPOでストリートルチルドレンのサポートをしたい。』

そんな目標ができたんです。

重症病棟でがむしゃらに働いた看護師時代

「ストリートチルドレンのサポートがしたい」という目標がありましたが、すでに私は看護大学の学生。

せっかく大学に入ったし、とりあえず国家資格を取って、手に職をつけられるまでは日本で働こうと決め、東京の病院に就職しました。

「看護師として一人前になるには3年は必要だよ」という言葉を鵜呑みにして、3年経ったら海外にいくぞ!と入職した頃から、退職時期を決めていました。

3年で、できるだけ多くのことを学ぼうと、多くの症例を見られる重症病棟への配属を希望。

看護師1年目は、右も左もわからず、怖い先輩に怯えながらも1日1日の仕事を終えることが精一杯でした。

2年目になり余裕が生まれてきて、仕事を”こなす”ようになってきてしまいました。お金にも余裕ができて、めちゃくちゃ散財しました。

3年目、あと1年で看護師を辞めるんだからと思い、必死になって勉強しました。患者さんに本気で向き合おう、看護師として患者さんにできることをしようと必死で働きました。普段生きていたら会えないようなバックグラウンドを持つ、患者さんと出会い、その人たちの一番辛い時期に寄り添い、貴重な経験をたくさんしました。そして、貯金もがんばりました。

念願だったNGOでのインターンで味わった現実

私が働いていた部署は、毎年10日間の休暇を取得できたんです。(看護師には珍しいホワイト部署。)その休みを使って、毎年海外のNGO団体を見学に行ってました。

たまたま紹介されたNGO団体がケニアにあって、2017年10月、初めてアフリカへ。

そこで出会ったのがモヨ・チルドレン・センターというNGO団体。

ストリートチルドレンを長年サポートしている団体です。そこで20年以上、無給で子ども達をサポートし続けるNGO代表の松下照美さんという方の活動に深く感銘しました。

「ずっと挑戦したかったことがこの団体を通じてできるかもしれない!」

「将来はこの団体と長く関わっていきたい!」と思うようになりました。

2019年6月。

病院での3年間の勤務を終え、病院を退職。

「念願のNGOでの長期的な活動ができる!」

と意気揚々とケニアへ。

NGOの活動を実際に経験し、施設に暮らす子ども達と関わり、松下さんや現地スタッフとたくさんお話ししました。

子ども達の自立をサポートするって、明確な正解がない。それでも、子ども達一人一人の人生を背負って、平等に愛を注いで、どんな子どもでも受け入れ続けるNGOの活動に心が震えました。

と、同時に自分に絶望しました。

ストリートチルドレンの自立支援に関わることは私のひとつの目標。

でも

「私にはそんな覚悟はあるだろうか」

「自分の承認欲求を埋めるための手段のひとつだけだったのではないか」

「自分の人生を捧げて打ち込めるのだろうか」

と自問自答しながら、モヤモヤする毎日。

そして、施設を卒業した子どもたちが、働く場所を見つけることができず結果的に路上に戻ってしまうということもある現状を目の当たりにすることもありました。

子どもの自立支援には施設が必要ですが、成人したあとに、社会の受け皿である「働く場所」が必要であることを痛感することも。「支援される」「支援する」という一方的な関係性が、支援への依存を産んでしまうこともあるのでは無いかという疑問も生まれました。

そして、「施し」としてでの支援ではなく、「対等な経済活動」を生み出すことが必要なんじゃないかなと思うようにもなりました。

RAHA KENYAとの出会い

そんな自問自答の日々、RAHA KENYAの代表であるりえさんのツイッターをたまたま発見します。

アフリカ=貧困=ネガティブなイメージを完全に払拭するようなキラキラ輝いている現地の人の情報がたくさんあって。

「なんだこれ!めちゃくちゃ素敵な人じゃん!」とアドレナリンが全開に。

早速ツイッターのDMを送り、会っていただくことに。りえさんに会って、自分のモヤモヤしていることを話しました。

「じゃあ、RAHA KENYAでインターンしてみない?」

という奇想天外な言葉をいただきました。

「長年やりたいと思っていること、諦めなくていいじゃん。RAHA KENYAを通じて、やりたいと思っていること実現できる方法を一緒に探そう。」

と、がっつり、背中を押されました。

今まで「支援・国際協力・ボランテイア」という視点で発展途上国を見てきたけれど、「ビジネス」という視点を勉強することで、何か新しいことが見えてくるかもしれない。

と思い、実際にケニアでインターンすることに。

りえさん自身もケニアに移住して、社会問題を目の当たりにして、

「自分も何かしたい、困っている人に手を差し伸べたい」

「でも方法がわからない」

そんな風にモヤモヤしていたそう。

インターンでは、RAHA KENYAの商品製作を進める傍ら、週末にはりえさんと一緒に現地のNGOを見学に行ったりして、RAHA KENYAとしてできることを探してきました。

RAHA KENYAとしてできる関わり方ってなんだろう。

みんながHAPPYになるような関わり方ってなんだろう。

二人で何度も何度も話し合って、一つのプロジェクトを考えました。

それが『RAHA KENYA × NGO・NPO連携プロジェクト』です。

NGO・NPO団体様のご協力をいただきながら、RAHA KENYAとしてできるユニークな社会貢献の方法を創っていこうと日々奮闘しています。

私はRAHA KENYAのインターン生から社員になり、そのプロジェクトリーダーになりました。

これからの目標

これから自分がどうなりたいのか。将来、どんなふうになりたいか。

って、正直、まだ、はっきりとはわかりません。でも、このプロジェクトを通じて、もっと色々なNGO・NPO団体様と関わらせていただき、支援ではなく、ビジネスとしての社会貢献のあり方を模索していきたいと思います。

きっとその先に、私が本当に挑戦したいことが見えてくると思います。

「ストリートチルドレンをサポートしたい」

19歳の夏、カンボジアで抱いた小さな目標は、これからも大切に、自分なりの方法で一歩ずつ追い続けていきたいです。

現在、NGO・NPO連携プロジェクトの第一弾として

クラウドファンディングに挑戦しました。

元々私がインターンしていたNGOモヨ・チルドレン・センターの子ども達にデザインを手伝ってもらった商品リターンとしてお届け、その収益の一部をモヨ・チルドレン・センターに寄付するというプロジェクト。

なんと!!!!

総勢241人もの方にご協力いただき、総額2,839,000円の支援をいただきました。

ご支援いただいた皆様、そしてご協力いただいた皆様、本当に本当にありがとうございました。

今後も『NGO・NPO連携プロジェクト』を継続し、よりよいものにしていけるように精進していきます。

皆様の応援、宜しくお願いいたします!

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